2020年9月21日 (月)

ヒポクラテスの誓いはどこへ?

このところ三位一体改革へと進んでいる。

患者の利益を優先にというヒポクラテスの誓いと働き方改革!

医療者不足の中で時間を含めて切り捨てた患者さんへのエネルギーは補えるのだろうか?

2年間で医師数増減では1名のみ、西部地区は10年前と比較しても全く増えずさらに少数地域として指定。それでも減らさなければならない。

よくわからん。

誓いとはかけ離れたものにならなければよいが。 1_20200921162701 2_20200921162701 3_20200921162801

ドローンで鳥瞰図 

 素晴らしい鳥瞰図ができました。

また、動画も素晴らしいですね。紹介しましょう。20200920

2020年7月10日 (金)

以前の生活はいつ戻るのでしょうか? 「Door to Hope:病院の扉は希望への入口」!

 

 

  職員の方々ご苦労様です。うっとうしい晴れない気持ちですが、吹っ飛ばして元気で参りましょう。

さて313日に佐賀県でも新型コロナウイルス感染症の1例目が出て雰囲気はがらっと変わったような気がします。世界が変わったので当然でしょうね。

 具体的な影響も出てきました。フィリピン人のジョン君はEPA介護福祉士候補生として来日し楽寿園で4年間頑張ってくれました。今年4月にはフィリピンへ帰る予定でしたが福岡からフィリピンの航空機も飛ばずにまだ帰途につけない状況となっています。また、昨年暮れには山元記念病院で働いていたと思われる5人のスリランカ人技能実習生も来日できず当法人もとCOVID-19のせいで影響がでています。

 困りましたね。少子高齢化、財源不足等と気安く考えていたところにコロナ禍。町中のお店や企業の景気悪化だけでなく医療施設も「院内感染だ!」「医療崩壊だ!」「減収だ!(小児科、耳鼻科は前年と比較して3040%の減収)」と厳しい状況となってきました。

 COVID-19は受診控えや各種健診の遅れや延期をもたらし、医療の重要な早期診断早期治療を混乱させてしまいました。苦しみながら病院の玄関にたどり着けば私たちは「心の安らぎ」と「Door to Hope」、不安を取り除き「希望」を与えるところでした。ところがCOVID-19のお陰で物々しい出迎えを受ける場所と化しました。早く収束して地域あげてTLCを普及したいものです。

 

 さてカオス(無秩序)の時代が来るのか?

世界の感染症をみると紀元前14世紀にツタンカーメンがマラリアで亡くなり、紀元前5世紀にアテネで天然痘がはやりペロポネス戦争がおわり、14世紀にダンテがマラリアで死亡、この頃ペストもヨーロッパで蔓延、1492年コロンブスが新大陸発見と同時にヨーロッパに梅毒を持ち帰り、1533年スペイン人にインカ帝国が征服されたというより、もたらされた天然痘で滅亡その後もスペイン風邪、SARS,MERSそして現在はCOVID-19と向き合っています。歴史が示すようにあらゆる感染症は国境を越えて侵入してきます。

 話は違いますが、この絵をみてどう思います?ペストが流行った頃、糞尿は2階から道路へ投げ捨てたりと非衛生的時代でした。遡り今は衛生観念も上がりましたがなぜマラリアやウイルスが流行るのか。地球温暖化が大きく影響しているのは当然でしょう。

これまでの感染症と違うことは数ヶ月のうちに全世界へ蔓延し1000万人以上が感染するという人類史上初めてのことに遭遇していることです。 

 人と物が感染症を瞬時にして全世界へ運ぶということですね。1919年に「患者は増える一方、医師にも伝染し、看護師も倒れる。東大病院は入院を断っているし、他の病院も全て満員。実に恐ろしい世界感冒だ」と記録が残っています。寺田寅彦がいうように「備えあれば憂い無し」では片づけられない世界となってしまいました。

 COVID-19へ反撃をしようにも相手が見えない。コッホは炭疽菌を発見、パスツールがワクチンを開発したように科学者が全知全能を傾けて研究に励んでおりその成果を待つばかりです。

 最後に『サピエンス全史』を書いた歴史学者、ハラリ氏が新型コロナウイルス感染症に関しての言葉を紹介しておきます。

「第一に、国境の恒久的な閉鎖によって自分を守るのは不可能であることを歴史は示している」
「第二に真の安全確保は、信頼のおける科学的情報の共有と、グローバルな団結によって達成されることを、歴史を語っている」
 他にも人同士の信頼関係、眷顧な絆が重要であり、人間間の不和こそCOVID-19の思うつぼであるとまとめています。

 歴史から学びこれからの新しい世界の構築に向かって希望を持って向かっていきましょう。

 

COVID-19から人間社会を眺めてみる!?

 いよいよ夏が始まる。このところの気候変動が気になるところですね。ウイルスにとっても涼風のなかがとっても過ごしやすいのですが、昨今の気候変動で奥地からワタシ新型コロナウイルス(COVID-19)はあぶり出されてしまいました。
 ところで今、環境大臣はだれだか御存知ですか。あの小泉進次郎さんです。今年開催予定だった第26回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP26)も私たちのせいで延期となりました。

 話し合う内容は地球温暖化の影響を何とか防ごうと小泉大臣も頑張るところでしたが残念ですね。異常気象による巨大台風や洪水の増加,地球の肺でもあるアマゾンなどの熱帯林(熱帯林では炭酸ガスを酸素にかえている)の衰退などこれからが大変です。と言うのも私の仲間達が、潜む熱帯林から出番はまだかまだかと待っております。まだまだ人様に発見されていないウイルス郡も沢山いますよ。

 地球規模のことはさておいて、この夏のウイルスに負けない体力温存についてお話します。

特に高齢者の方は是非聞いて実行ください。皆さんはもう人間スルメ状態、干からびた状態です。脱水症に陥る危険と隣り合わせ。子どもの頃は体重の70%が水分、大人になると60%そして高齢化と共に更に水分が少なくなります。

 こんな話があります。「ばあちゃんが朝から田んぼに行かしたばってん、お昼になっても帰ってこらっさんけんが見に行ったら田んぼで息もしとらっさんやった!」。熱中症です、熱をコントロールする脳が破壊されて体温が42度と高温となってしまいました。もう、助かりません。グラフにもあるように何しろ熱中症による死亡率は80歳代の方が最も多いので注意ください。

「みず、みず」どこへ行くにも水を持参することです。80年使用した皆さんのホース(血管)も錆びつきガタガタし今にも詰まろうとしています。干からびた状態で更に脱水が起こると血管が詰まってしまい脳梗塞や心筋梗塞をおこしてしまいます。

ところで脱水症と新型コロナウイルス感染症とはある時は同じような症状です。お外で熱中症にかかるより屋内でもかかってしまうことを記憶しておいてください。めまい、発汗、頭痛、倦怠感などコロナでもでる症状ですね。私たちCOVID-19が、のどや肺に付着すると、のどの痛みや呼吸障害が出現するので用心。

まずは、換気にも充分注意ください。電車や飛行機で移動する際は換気も大切。ところで飛行機って換気できるのかと疑問。調べてみました、飛行機には新鮮な空気を取り入れ細菌やウイルスなど細かい物質を99.95%以上除去する「HEPAフィルター」も採用し「クリーンルームに近い環境」で23分で空気を入れ替えることができるとのこと。素晴らしいですね。私の入る幕はありません。

 さて619日を境に県境をまたぐ交通も全面解除されました。ここで気を緩めないでください、まだまだわたしコロナは皆さんの回りで仲間を増やそうとチャンスを窺っておりますぞ!

 

 

2019年11月 2日 (土)

たかが胆嚢、されど胆嚢! 「胆嚢と寄り添った人生でした!」 その2

  いよいよ11月となりました。もう来月は師走、早いですね。

 さて前回に続いて胆嚢へと続きますがその前に。

1973年に福岡大学病院が福岡市西区七隈に新規開業。七之輔も開業翌年の19744月(昭和49年)に福岡大学病院へ入職。大学卒業前から福岡大学麻酔科初代教授檀健二郎先生が上京しては東京の場末の飲み屋で麻酔科へ入れとしきりに誘いが有り当然麻酔科へ入るものと覚悟して福岡大学をおとづれました。(檀先生の殺し文句は、親父には許可をもろたし子どもの頃からあんたの面倒をみよったバイ・・・なんとも言えませんでした。)

ところが待っていたのは第一外科の志村教授「あんたは今日から第一外科の研修医バイ、家は決めたね」とまだですといった途端に今から荒江のアパートを紹介するからと当時笠外科の2階へと。その頃の福岡大学も人材不足、九州大学第一外科関係者でしっかりと固め知り合いの子弟はと網を張って待っていたのでしょうね。

1_20191102144401  6人ほどの医局員でした。福岡大学の卒業生もまだでておらず朝から晩まで働きどうし。どんな手術でもこなす志村教授、「がってんの志村」といわれて何でも引き受けられるので医局員は大変、さらに話し始めたら夜なべになってしまう為末助教授と強者ばかりの一外科でした。為末先生は私の師匠で棟方志功並の芸術家であり各地の学会へ行くと必ず骨董屋巡り、そして宴会になると得意の空手の形を披露。何しろアメリカに留学しても空手に専念したほどの腕前。皆多士済々でした。

 懐かしいです、その頃の私の論文(後腹膜脂肪肉腫例)の挿し絵も為末先生のお手製ですが、外科医は絵が上手下手に限らず必ず絵を描く事で細かい解剖や手術手法を頭にたたき込んできました。描いた手術記録が最も重要と言われて育ちました。(私が折角描いた「手」の絵も子供たちからそれって足じゃん!)

 忙しいなかに土曜日は大学の外来もなく志村杯と称しては私以外はゴルフ。「ヤマゲンくん、あんたはゴルフはまだ早かけん留守番」と。一方では「ゴルフの道は外科医の道に通じる」これってなんだろうと思いながらの2年間でした。

・・・・つづく

 

2019年10月27日 (日)

秋祭り本番

秋祭り本番

 

 1027日秋晴れの素晴らしい日、市民総参加の総踊りに外国人を引き連れて参加。2010年までは社会医療法人謙仁会(山元記念病院、楽寿園、幸寿園)毎年参加していましたが、昨年から再び血が騒ぎ始めて外国人とともに「勝手連」として出させていただきました。

 ご存知のように伊万里市の伊萬里神社の秋祭り「伊万里トンテントン」は10月25日、宵祭りの「安幕(やすまく)」で幕を開けました。「トンテントン」と太鼓の音が聞こえると伊万里人は何となく血が沸き立ってきます。今年も荒神輿(あらみこし)と団車(だんじり)が激しくぶつかり合ったようです。

 私たちは国際交流を目的に「国際交流おどり隊」とでもいうか七之輔を筆頭に病院の医師、フィリピンからの看護師、本部の西田親子、ミャンマーからの留学生、スリランカからの技能実習生そして EPA介護福祉士候補生と総勢20人弱で「伊万里小唄」など3曲を1時間ほど楽しみました。

踊り終了後はうえだでお疲れさまを行い異国を離れてきた外国人との交流の場を持ち楽しみました。

また、来年も参加しましょう。
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2019年10月16日 (水)

たかが胆嚢、されど胆嚢! 「胆嚢と寄り添った人生でした!」

 

 早いものでもう10月ですね。
昔の話を今日はします。七之輔は東京の大学を卒業後に福岡大学病院第一外科に勤務(志村秀彦教授)。もともと父山元七次も九州大学第一外科に所属し「胆道に関する薬理学的研究」で博士号を取り、伊万里の前田病院へ派遣されたことで伊万里との縁ができました。そして九大時代の同僚であった志村先生の元へ七之輔は預けられたようなものでした。
九大第一外科は明治時代(1904年)に三宅速(はやり)教授を京都大学から迎えて作られた教室で第4代目の教授、三宅博先生(速教授の息子)に父は師事してきました。この教室は一貫して胆石症を主な研究とし、福岡大学第一外科もそのルーツを辿った教室でした。
さて、七之輔も志村教授のもとで3年を過ぎようとした頃に先輩から胆嚢の生理について、要するに胆嚢の働きについて研究するテーマを戴いたところでした。

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胆嚢ってどこにあるの、どんな役目をしているの?まず最初に解剖と生理(役目)についてお話します。右脇腹に有り肝臓にびったりくっついている臓器ですね、しかし実は何のためにあるのか不明な臓器。馬・鹿等には無いのですから(無胆嚢動物)。
 皆さんの便の色は黄色ですね、また嘔吐をした際に黄色い液を吐きますね。まさか黄色の色素を口から飲んでいるわけではないですね、あれが胆汁です。
 胆汁は肝臓で約500ml/1日作られて胆管を通り十二指腸へと流れていきます。そして食べ物が消化しやすいような作用をするといわれています。そしてその途中に胆嚢があります。
ここに七之輔の研究から胆嚢の働きを考えた図をお示しします。実はこれをみつけるまでに1988年にイタリアのボローニャ大学(ヨーロッパで最古の大学1088年創設)で"The Significance of White bile in the gallbladder” (胆嚢白色胆汁の意義)を1992年にアメリカ生理学会誌に同様な事を発表してきました。
 実は食事をとると胆嚢はB)のように収縮し濃縮された胆嚢胆汁が十二指腸へ流出し昼、夜ご飯を食べるとC)のように胆嚢内は白色透明な液で満たされています。そして夜になると胆管と十二指腸の間にある門が閉まり肝臓からできた胆汁が胆嚢へと流れていきます(胆嚢は夜に花開く)。
お分かりと思いますが、胆石をおもちの方は、夜にがっつり食事をすると胆石が胆嚢の根っこに詰まり激痛が来るわけです。それも夜ですね。
 これまで話した事は胆嚢の解剖と生理(役目)を知っていただくための序文でした。次回から胆嚢との係り、胆石溶解剤などこれにまつわるお話を掲載しますのでお楽しみください。

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 福岡大学第一外科に入局して2年を過ぎようとする頃に五十君先生という頭がでかく短足の風貌で現れPhysiological Chemistry of the Bile by Harry Sobotkaの本を私の眼前におくや「君はこれから胆道生理を志してもらう」といきなり厳命。裏表紙にはしっかり[Prof.H.sobotkaに万感の敬意を表し、山元章生学兄研究者を志す日に贈る]と格好つけられ逃げ場がなくなった。
 与えられたテーマは胆嚢の生理、ところで生理とは何ぞや!生理とは臓器の働きを研究する学問で胆嚢の場合は流れてきた胆汁が胆嚢に流入し10倍ほどに濃縮されたとっても濃い胆嚢胆汁となる。 
 

 

 

2019年7月24日 (水)

フィリピン、ビジネスのたび!

結構頑張ったスケジュールでした。

ホテルでプールに入ったりとセレブの旅をと、違いました。

一日目には

 フィリピン特有のジムニーに乗ったり三輪車に試乗と。乗ると同時に直ちに座るなりものを掴まないと後部座席から放り出されてしまいそう。人生と同様に支援する人が多いと安心ですね。

 ジョンが貯蓄したお金で現在家をご両親へプレゼント。凄いこころ活きで今年の10月には完成予定。よか息子ですね、今の日本社会ではあまり考えられないでしょうね。

 昼食をバーガーキングで食べてケソンシティなどのフィリピン人職員5人中3人が卒業したOur Lady of Fatima Universityやジョナリーが卒業したChinese General Hospital Collage of Nursingを見学。

 前日からそうなんですが、フィリピン人の運転が見事というかルールのない車洪水の中を上手に泳ぐように運転する能力は凄いですね。右から左からとハエのようにわき出るバイク集団(少し言葉が過ぎましたが)を見ながらより分けラッシュアワーをくぐり抜く姿はなかなか日本では見られない。助手席に陣取った私がストレスを感じるほどでした。

 国立博物館へも案内していただきました。もしマニラへ行くような機会があれば是非お出かけください。フィリピン人の伝統文化や魂の部分を知る事ができると思った以上に素晴らしい作品が並んでいます。福岡からフィリピンまで意外に近くたったの3時間と20分前後と非常に近く以前と違いドテルテ大統領が絶大な権力下で安全な国として見なさん誇りを持っているようでした。

 夕方には、シャングリラホテル1階のレストランで当院において活躍するフィリピン人職員のご家族に集まって戴き親睦会。皆なとっても頑張り屋さんでご安心くださいとお話をしました。最近伊万里へ来たエンリコの奥様も4時間掛けて子どもと出席。

 Jonalee Family、Enrico Family、Mark Family、Jon Family, Jason familyの父母や兄弟、そして甥や姪と大勢で楽しい夕べを過ごしました。外国に子供たちをやってさぞやご心配の事と思いジョンのフィリピン帰国とともに思い立って訪問して私の気持ちも落ち着いてきました。

 心配しないでください、フィリピン人皆一生懸命に頑張っています。

 二日目は朝からフィリピンの海外雇用省を訪問。特定技能が話題となっていますね。300人程が介護技能試験に受験し80名が合格したといわれています。その合格者の窓口等を具体的にどうなっているのかお尋ねするところでした。所属の弁護士さんとの面談しその部署までたどり着いたところでしたが特定技能の担当者が不在。後はジョン君が電話とメールを戴いたので交渉するということとなりました。海外で働こうと訪れる多くの人が待っている状況のようで今後の日本での介護人材不足に対してこれからも情報を得ておきたいと考えています。

 ちょうどその頃にクラウンプラザホテルでEPAのマッチング、日本の施設とEPA候補生との面接が行われている事を知り顔を出してきました。JICWELS(国際厚生事業団)がベトナムやインドネシアで同様な事を行っているのでしょうが驚いた事でした。当方にしてもお知らせを頂きながらも不参加とはと残念でした。

 この日はまだ続きます。ケソンシティから3時間ほどでしょうか、そこにNightingale Caregiver Training Center(ナイチンゲール介護センター)という学校が有り私たちの紹介が為されました。40人程の学生が待っており自己紹介と謙仁会のお話、ジョン君が日本でフィリピン人が働くにはなどの話を行いました。質問も多くそれだけ興味があるようです。

 まだ続きます。最後の夜はマークやジェソンの知り合いで日本で介護や看護で働きたい人々との食事会でした。看護学科を卒業してもフィリピン内ではなかなか仕事がないそうで是非日本で仕事をしたいと希望を語ってくれました。

 3泊4日の旅ですが、前後1日づつは移動に使いまるまる2日間だけがフリータイムです。しかしジョン君がしっかり今後の人材不足を考えて特定技能やEPA候補生の情報を集めるスケジュールを組んでくれていました。

2019年6月23日 (日)

日本抗加齢医学会で!

  今日は朝の散歩ではなく大都会の横浜にいます、と言うのはうそで6月15日から開催された第19回日本抗加齢医学会へ参加してきました。
 早速会場では平成4年に山元記念病院が主催した第5回佐賀救急医学会で特別講演に招聘したフジテレビ時代の黒岩祐治氏(現神奈川県知事)による第19回日本抗加齢医学(横浜)での特別講演が30分程あり聴講しました。知事が抗加齢との関係はと?今どんなことをされているのか興味がありました。

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きました。ライフワークでしょうか「ME-BYO」を世界中に発信し日本を変える思いで活躍され知事が先頭たって取り組む姿に久しぶりに感動。早速「ME-BYO」アプリを入れてみて黒岩さんの思い出とともに楽しんでいます。是非皆さんも「ME-BYO」アプリと「Pokemon Go」で運動をどんどんやってみてください。健康と病気の間に「未病」がグラッディエーションのように存在しており予防のために行政が社会化するという事ですね。

 ちょうどソーシャルサイエンス(社会科学)からみた新たなアンチエイジング・アプローチの講演があった。まず第一席では東大の飯島先生がフレイル対策として各職場での教育も重要であり、「栄養(食と口腔)・運動・社会参加」という三位一体に対して、フレイルが出現する前から意識を変えていく事が重要である。そのためには行政の真の部署間連携、さらには各職能団体、そしてコミュニティー(まさに生活の場に近いところ)での市民フレイルサポーターによる早期からの健康増進~フレイル予防活動も必要不可欠であるというお話でした。フレイル予防は官学産民の連携が必修でしょう。

 つぎに大阪大の神出先生はこれまで医療界では高血圧診療の最終アウトカムは心血管イベント(心不全など)の抑制においてきたが、認知機能やフレイルを評価する事が重要で身体機能や日常生活能力を調査することで、疾病予防・治療をより直接的に健康寿命延伸と関係し重要であると話している。そして面白い事にこの図にあるような運動習慣のみで文化活動やボランティア・地域活動を行っていない人は運動習慣はないが文化活動やボランティア・地域活動を行っている人の方が3倍ほどフレイルになりやすいとのデータが有り皆さんも運動に限らずに文化活動やボランティア・

地域活動を行うようにお願いします。

 最後にSmart Wellness Cityという造語を作り健幸都市づくりを提唱する筑波大学の久野先生による「人生100年時代のために健幸都市への転換できる社会技術とは」というテーマでの話であった。面白い事に健康に対して無関心層が7割近くおりその7割の層の特徴が1)健康づくりを開始しない、2)自治体や民間の予防メニューには参加しない(健診も含めて)、3)関心層に比べて健康リスク及び医療費がより高い。なるほど考えてみれば健康教室などは高い「関心層」だけが対象となっており自治体あるいは国レベルで見た健康度の改善や国保・介護費など抑制効果が得られなかったのは当然の結果であるという。そこで①インセンティブ(健幸ポイント)、②ソーシャルインパクトボンド(SIB)の活用、③ウオーカブルシティへの転換、④インフルエンサーとしての「健幸アンバサダー200万人養成PJ」を提唱されており一度特別講演においで頂きたいものだ。

 今日は横浜も雨、運動道具も持ってきたものの役立たず残念。ひたすら勉強か!(パシフィコ横浜にて)

 

 

2019年5月27日 (月)

若手外科医の決意―鬼手仏心―

日本外科学会雑誌に今月掲載されました。
  私の甥ですが、彼にとっては祖父山元七次の精神をしっかり受け継いでいますね😃


若手外科医の決意―鬼手仏心―

 

嬉野医療センター 心臓血管外科

 

山元 博文

 

[平成23(2011)年卒]

 

内容要旨
卒後9年目の心臓血管外科医として日々診療にあたっていますが,医師を目指したときの気持ちを振り返りつつ,日々の診療の中で私自身が心に留めていることを述べさせていただきたいと思います.

 

キーワード
鬼手仏心, 心臓血管外科

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«医師の偏在ってどんなこと?